心を揺さぶれるものに出会ったことはありますか?

魂を掴まれるものにあったことがありますか?

価値観をひっくり返されるものにあったことがありますか?

僕はこの小説に、いや、この作家に出会って全てを経験しました。

これほど素晴らしい書き手は今のところ、僕のなかにはいません。

たった三冊しかない彼の著書をたくさんの人に読んでもらいたい。

きっとあなたの一部になるものがこの物語の中にはあると思います。

その作家、天野作市

29歳という若さで海越出版社を設立するもあえなく倒産。その後はフリー編集者に。

一冊、一冊をものすごいスピードで読み終える驚異的な速読の持ち主であり、それだけのスピードで読み終えるにも関わらずページ数から行数、セリフの一端まで正確に把握するほどであった。

編集者として大変優れた才能を持ち、白石一文などをサルベージした功績は大きい。

2008年に作家としてデビュー後、わずか一年半の間に立て続けに三作の小説を発表。(講談社より)

その後は重い鬱病を患い、現在も闘病中である。

1.処女作「雲と海の溶け合うところ」

あらすじ

ストレス性の難聴を患い聴覚を失った主人公。

家族に勧められるまま療養という名目で旅に出ることになる。

音のない世界で彼が見たもの、聞いたもの、それは次第に心の深くに沈殿した思いに再び向き合うことになる。

彼が出会う人、一人ひとりの抱える過去と傷、自分のこと。

優しく渦巻きながら美しくも儚い結末へと続く。

読みどころ

ネタバレなしで書くのでご安心を。

作中でとある女性と宿で出会い、共に旅をすることになるのだが、彼女と主人公の関係性が変化していく様がなんとも淡く、そして美しく感じてしまった。

主人公はストレスを抱えて世界に旅に出ることになるのだけれど、日本とは違う非日常的な出来事の連続である旅のなかで、「旅は旅だから、いつか帰らなくちゃならない」ということがいつも頭の片隅にありながら、それを踏まえた上で行動し、考え、物語が転がっていっている気がした。

そんな本当に細かな心理描写までやってのけるなんて物凄いことだ。

文章自体は難しい言葉をひたすらに並べてあるわけでもなく、でも言葉の端っこにはいつも何かしらの色気を忍ばせてある。

これが文章力かと僕は心底思った。

ロードムービーというのは、旅先で何かアクションを起こさないと単調な話しになってしまいやすいけれど、この小説には大きい出来事があまり起こらない代わりに小さな出来事の中で精一杯生きている登場人物たちが非常に人間臭く感じた。

そう、人間臭いのだ。

小説だからといって奇想天外な設定を施してあるわけでもない。そこにはただの人間同士の出会いが描かれてあるだけだ。

それなのにどうしてこうも胸を打つのだろうか。

「理由のわからない感動」

それが天野作市作品でのキーワードだ。

この物語は天野作市の処女作だ。でも、だからといって決してレベルが低いわけでも荒削りでもない。

繊細な描写と心の揺れ方、今度はあなたの心でこの物語を感じ取ってください。

2.人は死ぬまでにゆっくりと絶望していく。僕らはそのスピードが人よりも早かっただけだ。「みんなの旅行」

あらすじ

様々な精神疾病を患った人が集まる精神科病棟。

その中で入院している主人公とその仲間たち。

中から見つめる外の社会。

生きづらさと「これから」を優しくすり合わせていく展開に物語は転がっていく。

読みどころ

僕がはじめて天野作市作品に出会ったのはこの小説でした。

文庫で発売されたタイミングで本屋さんで発見し購入。読んだあとは初めてといってもいいぐらい号泣しました。

といっても、人によっては涙を流すタイミングが分からない人もいると思います。なぜなら僕自身、どうして泣いてしまったのか分からないからです。

この作品は非常に文章量が少なく、ページ数も少ないです。

なのに、なぜか深く物語のなかに入ってしまう。引き寄せられてしまう。そんな不思議な魅力のある本です。

精神科病棟で入院している登場人物たちの何気ない会話が妙に胸に響いたり、冒頭の見出し部分で謳った「人は死ぬまでにゆっくりと絶望していく。僕らはそのスピードが人よりも早かっただけだ。」というセリフに僕は完全に魂を掴まれました。

日々、考えているいろいろなこと。

その中で抱く漠然とした生きづらさを納得いく形で言語化してくれたと思いました。

「理由のない感動」

僕はこの小説にそれを体感しました。

とてもつたない自分の言葉では説明できない感動が確かにある、と。

それはそれまでの僕自身の経験からなのかもしれません。

それは僕自身の心の弱さからなのかもしれません。

だけど、こんな優しい小説を僕は未だに知りません。

天野作市作品の中でも一番好きな小説です。本当にたくさんの人に読んでもらいたい。

価値観や人生観は変わらないけど、物事を見る「角度」は確実にひとつ増えます。

3.誰も傷付けない復讐をしよう「気高き昼寝」

あらすじ

うつ病を患い、自宅療養中の主人公のもとに友人から遺書である日記帳が届けられる。

その遺書のなかには友人が自身をモデルに書いた小説があり、それを読むことで友人がいかにしてこの世を去ったかを知ることが出来るはずなのに、悲しみからか自分の病からか「読む」ことに対して葛藤をしていく。

点と点が線になるとき、人生の壮大さを思い知らされることになる。

読みどころ

現時点で天野作市作品はこの作品が最後です。

というのも、作者自身、重いうつ病を患い闘病中です。

そして、この先、小説を書く事は不可能ではないかと言われているほど症状は重いようです。

 

前作「みんなの旅行」

前々作「雲と海の溶け合うところ」

この二つの作品はどちらも「心の揺れ方」と「自分というもの」が物語のテーマでした。

描き方は違えど、共通するテーマを繰り返される鬱屈した生活のなかで、あるいは非日常の旅の中で表現されていました。

今作の「気高き昼寝」は友人の死をきっかけに「生きるということ」を大きなテーマにして、やはり「心の揺れ方」、「自分というもの」のどちらも物語のなかに盛り込まれていました。

序盤から散らばる伏線の数々が結末で線に繋がる。しかしその繋がった線は「心」の形を描くように立体的で奥行のあるものに感じました。

各サイトを見ていると、天野作市作品のなかでは断トツでトップの人気とレビューの高さを誇っています。

確かに最後まで読み進めるとスッキリするのは確かです。

友人の人生に触れ、自分のことを見つめ直す主人公に僕は自分を重ねずにはいられませんでした。

人によって感じ方は違うものですが、これを読んだ時間はあなたにとってマイナスにはなりません。

感じた感情と得た「角度」はやがてあなたの財産になる。おおげさかもしれませんが、それぐらい影響力のある作品に僕は思えました。

ぜひ、読んでみてください。

あとがき

小説は好きでいろいろと読んでいますが、個人的に僕は天野作市が一番好きな作家です。

心を題材にしているからという理由もありますが、やはりその高い文章力に惹かれました。

できることなら彼の作品をもっと読みたい。

他にも沢木耕太郎なんかが好きですが、自分に合う言葉として天野作市ほど「どんぴしゃ」にきた作家は今までいませんでした。

まがいなりにも僕は文章力を高めようと現在勉強中で、日々このブログを書いているわけですが、そうした上でこの高い文章力というのはやはり物凄いものだと痛感しました。

ちなみに「みんなの旅行」はかれこれ15回ほど読み直してます。

そして、不思議なことに毎回泣くポイントが違うというのはおもしろいですね。(笑)